絵画で見るギリシャ神話

ギリシャ神話の世界を絵画を通して見ていきます

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パンの耳

近所のスーパーでパンの耳だけを集めて売ってるんですが、それを買って食べるてと、確かに貧乏くさいものの、なんか「お上品な柔らかフワフワのパンなんか食べなくったって、こうやって食っていけるぜ!」っていう、開き直ったワイルドな気分に浸れます。自分が生命力旺盛な野生児になった気分。

***

先日、「ネバーランド」という映画を観てきました。

「ピーターパン」の原作者のウィリアム・バリーがどうしてこの劇を作ったのかを描いた映画でした。小品ですが佳作だったと思います。バリーが、4人の男の子を持つ未亡人と知り合う。その3男の名前がピーター。

ピーター君は妙に大人びていて、想像とか空想とかをバカバカしいと兄弟同士での遊びに加わらないのでした。それを見かねて、バリーは空想の素晴らしさ・効用をピーターに分かってもらうためにピーターパンの劇を作ったという話。

ピーターパンの「ピーター」の部分は、この映画で描かれているように、その未亡人の3男の名前に由来します。それじゃ「パン」の部分は何なのかというと言うと、これはギリシャ神話に出てくる牧神のパンに由来するらしいです。

有名な話しなのかもしれません。ピーターパンについてのFAQを書いてる次のページでも、そう言っています(2つ目の質問)。

ピーターパンFAQs

ディズニーのアニメでのピーターパンは、わんぱく少年のイメージですが、その耳の形が異様です。とんがってます。



牧神パンはヤギの耳をしているのですが、このピーターパンの異様な耳も、彼が実は牧神パンの仲間だとするならば納得が行きます。これが正しいとすると、ピーターパンとは「牧神パンのピーター」という意味となります。

じゃあ、なんでそもそも、ピーターパンは「(牧神)パン」なのか? 

映画「ネバーランド」には、それについての説明はありませんでした。

***

話が逸れるかも知れませんが、ちょっとギリシャ神話での自然観について。

ギリシャ神話の世界では、自然界のすべてに何かが宿っていると考えられていたようです。そして、その宿ってるものの多くがニンフ(nymph)たちでした。ニンフは「精霊」と訳されるのが普通ですが、もっとエロいイメージで構わないと思います。ニンフから派生されてきた言葉には、nymphomaniac(色情狂・多淫症)などのエロい言葉がいっぱいあります。ニンフは基本的に半裸状態の美しく若い娘たち。山や川や海や野原のいたるところにニンフが宿っているのでした。イメージ的には次の絵のような感じ。

Bouguereau_1878_The_Nymphaeum-r.jpg

Bouguereau (1878) The Nymphaeum 「憩いの場」

想像してみて欲しいのですが、これはすごい世界観です。古代ギリシャ人に大敬服です。自然の野山・山河のそれぞれに、実際には目には見えないが、半裸・全裸の美しい娘たちが宿っているのですよ。

ハイキングで野山に行ったとして、あたりじゅうに全裸・半裸の美しい娘たちがいてニコニコ微笑んでくれているのです。そう想像した瞬間、僕は自然が実に実に美しく感じたのでした。心から自然を大切にしなければ(そのお礼として、あわよくば、自然に宿るニンフの誰かに楽しいことさせてもらいたい)と思いました。

自然保護バンザイです。自然保護運動は森林河川全裸娘保護運動と名称を変えるべきだと思います。

ニンフについては、裸婦画が嫌と言うほど釣れるので、いずれ別の機会に特に取り上げます。アタクシ、ニンフの絵を張り、それについてエロ文を書くことは、使命と感じています。

ともあれ、そういった古代ギリシャでの自然の理想郷の一つにアルカディアという土地があります。そのアルカディアの動物たちの神がパン(Pan)です。ニンフたちと遊び回る牧神です。

パンは、上半身は人間、下半身は山羊の姿。頭には二本の角をはやし、ヒゲがボウボウの
顔、という風貌です。下半身が牛の姿になっているのはケンタウロスで、これとは混同してはいけないようです。彫刻ですが、次のような風貌。

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Bandinelli, Baccio (1540) Faun

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Riccio (1506) Satyr

次の絵は、色彩が鮮やかですね。

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Rubens, A Girl and Satyr with Fruit Basket

パンは、元来は結構、上級の神様のグループに入っていたようなんですが、この半分ヤギ、半分ニンゲンのパンと似た格好の者たちもいて、それがサテュロス(satyr)と呼ばれる連中でした。こちらは下級の連中。

さらにそのサテュロスよりも下級の連中としてシレノス(silenus)というのもいました。また、これらはギリシャ神話での呼び名ですが、ローマ神話にも似た風貌の神がいて、それがファウヌス(faun)。

姿や格好が似ていると、結局は同類と見なされちゃうらしくて、やがてパン、サテュロス、シレノス、そしてファウヌスと、呼び名が違っても、同じような者と見なされるようになってしまいます。ここらあたりはごちゃごちゃです。

半分ニンゲン、半分ヤギという風貌や野山に住んでいるという点に加えて、行動や性格もだいたい共通していて、
・酒好き
・極めて好色・女好き(ニンフや女神を追っかけ回してる)
・野卑な言動
などなど。(なんだか僕の行動性格を述べられているような気分)。

きわめて大雑把に言って、野生の自然の力と生物の繁殖を司る好色な神っていう特徴づけです。

後で触れると思いますが、ニンフの一人、シュリンクス(Syrinx)との逸話から、笛を持っていて、その名手でもあります。その笛はパン・パイプとかパン・フルートと呼ばれます。次の絵でパンが抱えています。

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Vrubel (1899) Pan

牧神パンはゼウスの子供ともエルメスの子供とも言われ、結構レベルの高い存在です。祭壇に祭り上げられた感じのパン。

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von Stuck (1908) Pan

次の絵では、右端にパンの石像があります。男女乱れて大騒ぎが始まりそう。

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Poussin (1631) Bacchanal before statue 「石像の前のバッカナルたち」

上の絵から少し時間が経った後が次。乱れの度合いが高まっています。中央にあるパンの石像も酒を飲んだのでしょうか? なぜか顔が赤らんでいます。この後、乱交になったことでしょう(だがその画像はない:泣)。

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Poussin (1636) The Triumph of Pan 「パンの勝利」

***

ですが、割と高レベルの存在だったパンも、他の低レベの存在と混同され、サテュロスとかシレノスの一員として集団化されると、普通はディオニソス(ローマ名、バッカス)の仲間として描かれるようになっていきます。しょっちゅう、酒を飲んで踊ったり、野山を歩き回ったり、ニンフを追っかけ回しています。

酔っ払った醜い姿はもっぱらシレノスが中心か? 何となく自分の姿を・・・

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Rubens (1618) Drunken Silenus 「ヨッパのシレノス」

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van Dyck (1621) Silenus drunken 同じく「ヨッパのシレノス」

発見したとき衝撃を受けた絵画が次! その衝撃のあまり無意識的に小躍りして喜んでいました。ほとんどハードコア・ポルノです。

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Briullov (1830) Silen, Satyr and Bacchanals 「シレノス、サテュロス、そしてバッカナルたち」

左に顔のはっきりしない男のサテュロスがいて、ニンフへの挿入を手伝ってます! 
下には女のサテュロス。あそこをいじられています! 
仰向けにドテンとなってるシレノス。勃起してますよ、奥さん!

酔って淫蕩の限りを尽くしたあとは、グースカピーです。

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Montorsoli (1532) Drunken Satyr 「ヨッパのサテュロス」

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Rubens (1610) Pan Reclining 「横たわるパン」

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好色・酒好きのパンは、基本的には陽気なオヤジっぽいキャラクタですが、よく森の中で昼寝をしていて、そこを起こされるのが大嫌いの模様。そうされると怒り狂うようです。

パニック(panic)という言葉が、パンの怒った時の突然の恐ろしさを表すものとして生まれたのは有名だと思います。次の絵はパンがいきなり襲い掛かってパニックになったアルテミス(ディアナ)女神一派の状況。

Rubens_1638_Diana_and_her_Nymphs_Surprised_by_the_Fauns.jpg

Rubens (1638) Diana and her Nymphs Surprised by the Fauns 「ファウヌスに驚かされたディアナと彼女のニンフたち」

右端で槍で対抗しようとしているのがアルテミス女神。さすが女神。パニックにはなっていないようで、ちゃんと前を隠しているじゃん!

***

このようにパンは、オリンポス12神などに比べると低い身分の存在でした。ですが、「パン」という名前が、「すべての」などの意味を表す別の単語の「パン」と同じ発音だったことで、一部で勘違いが生じたらしいです。「すべての」の意味のパンは、「パン」アメリカンとか「パン」テオンとかに出ています。その「すべての」の意味が牧神パンにも付与されてていき、牧神パンは、「すべての」神の上にいる、全世界的・全宇宙的な存在とも考えられたらしいです。

ビクトル・ユゴーが、詩で「我はパンなり。我は全なり。ジュピターよ、跪くがよい!」と書いていたそうです(『ギリシア・ローマ神話文化事典』ルネ・マルタン監修)。ずいぶん偉いな、パン。ゼウスにため口で命令か?

キリスト教が拡大していた紀元後1世紀のローマ。ティベリウス帝の時代。船乗りの一人が不思議な声を聞き、「偉大なるパンは死せり」と告げるように命ぜられたらしい。そう告げると自然界は悲嘆にくれたと。

これって、こういうことなのかなあ・・・? 

淫乱・多神・土着宗教の親玉的存在のパンは死滅し、これからはキリスト教の時代だと。
高らかに宣言した逸話だと、そうかもしれないです(が、よく分かりません)。

キリスト教ががんじがらめに支配する中世ヨーロッパでは、サテュロスやパンの姿は悪魔のイメージになぞらえられていました。

そして実際、パンが芸術世界に復活するのは、人間性が重視されるようになったルネッサンス期でした。

そしてさらに時代が進んで、19世紀。ニーチェが「偉大なる神は死せり」と言い、キリスト教の世界からの完全脱却を語りました(多分:笑)。このセリフ、前の「偉大なるパンは死せり」を踏まえています(これは確か)。ニーチェはパンのことを念頭においていたのだと。

同じころの1873年。ブーグローが、ニンフと戯れる牧神パンの絵を描きました。名作です(この絵については次回、もっと詳しく)

bouguereau_1873_nymphs_and_satyr.jpg

Bouguereau (1873) Nymphs and Satyr

さらに同じころの1876年、ステファーヌ・マラルメというフランスの詩人が「牧神の午後」という詩を書きました。「牧神」とはもちろんパンです。当時としては画期的な象徴詩だった模様。”ヘルメス”の笛に、この詩の原文の一部と要約が載っています(そこからの引用)

水辺でニンフたちが水浴びをしている。そこへ彼女たちの美しさに目を奪 われた牧神パンが仲間になりたいと思ってやってくる。しかしニンフたちはパンが半獣半人の姿なので驚いて逃げてしまう。パンがすごすごと引き上げるとニンフはまた戻ってくる。>そこでパンがまた彼女たちに近づくとニンフはまた逃げてしまう。しかしその中の一人だけがパンに興味を持ち残って彼を見る。パンはこのニンフに対して求愛の踊りを踊る。ニンフもこの愛を受け入れるかに見えたが、パンが彼女を抱きしめようとした瞬間ニンフはさっと逃げていく。パンはひとり残されて悲しみに沈むが、やがて彼女が落として行ったスカーフを見つけ、それを岩の上に敷いて座り、自らを「慰める」。



さらに、この詩に感銘を受けたのがドビュッシーでした。1892年に「牧神の午後への前奏曲」を発表します。これも新しい音楽の可能性を切り開いた画期的な作品でした。次のページにこの曲の解説と、無料でmp3が入手できます。すばらしいサイトだと思います。

机の上の交響楽: ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

そしてさらにさらに、この曲を受けて1912年に、天才舞踏家のニジンスキーがパンの役を踊ったそうです(これも現代舞踏では歴史的な事件)

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、思想・絵画・文学・音楽、そして舞踏の世界で「牧神パン」がもてはやされていたように思うのです。

***

バリーが「ピーターパン」を完成させたのは、このニジンスキーが踊る1年前の1911年でした。おそらく、芸術や思想でのパンの流行のことについては知っていたと思います。ファンタジーを忘れてしまったピーター少年に、人間が本来持っている自然の力、野生の活力を教えたいと思ったバリーは、野山でおおらかにニンフたちと戯れるパンのイメージを利用したのでしょう。

映画「ネバーランド」のなか、劇を見た人々に、実際のピーター少年が「あなたがピーター・パンのモデルなの?」と訊かれます。

それに対してピーター少年は、「それはこの人です」とバリーを指差すのでした。バリー自身が野生の活力に憧れていたのかも。

そして、アタクシ自身も、もうちょっとカラダを鍛えてマッチョで野性味溢れたワイルド・ガイになりたいものだと、そうすればニンフマニアックの女の子たちにモテモテになれる(と、すっかりポイントをずらし、まるっきり勘違いしながら)パンの耳をかじったりするのでした。

(2005/2/13記)
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コメント

読みやすくて、楽しいサイトですね

  • 2012/04/30(月) 07:45:51 |
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  • 2012/11/17(土) 13:41:54 |

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